会計士のキャリアを中小監査法人でスタートさせることはキャリア形成において有用になります。
私自身中小監査法人から大手監査法人に転職しましたが、中小での経験を感じる場面も非常に多いです。
中小監査法人で働くことによるメリットは、大手よりも早く成長できることです。
私は、中小監査法人を経て大手監査法人に転職しました。
そこで感じたのは、2年目、3年目クラスの成長が遅いことです。
もちろん人によりますが、平均すると成長スピードが遅いと感じます。
では、なぜ中小監査法人の方が成長スピードが早いのか。
それは、下記の3点があげられます。
- 自分の頭で考えて仕事ができる(マニュアルがない)
- 様々な科目を経験できる(全体を見ながら仕事ができる)
- 様々な業種を経験できる(セクター活動がない)
- 様々な会社を経験できる(大手が契約しない会社の監査を実施)
自分の頭で考えて仕事ができる
これが一番大きいです。
大手監査法人ではテンプレートが多く用意されています。
どの監査チームも監査品質を均質化させるためにはテンプレートが必須です。
テンプレートは、〇〇の検討を実施したか?というようなQ&A形式になっていることが多いです。
つまりテンプレートで求められているQ(質問)に対して答えを書いていけば監査調書が完成するので、効率的かつ効果的な監査ができます。
しかし、1年目からテンプレートに頼ると自分の頭で考えなくなります。
仕事で難しいのは、自分でQを設定することです。
そして、Qはクライアントの状況に応じてその都度変わります。
どうしたら、クライアントの数字を検証できるのか。
クライアントの主張は正しいのか。
テンプレートにはない質問を自分で考え設定し検証していく。
このプロセスが監査の面白さの1つだと思います。
テンプレートのみを使用していると成長しないどころか、仕事も楽しくなくなります。
自分でQを設定するには、自分で考え抜くしかありません。
Qを間違えれば、何も検証できていないことになります。
例えば、前払費用の増減分析をしていたとします。
増減分析は、前期末や前年同期と比較して異常な増減がないかを検証することが一般的です。
しかし、増減がないから異常がないのでしょうか?
毎年支払っている保険を解約したと聞いたのに、増減がない場合も異常はないでしょうか?
増減があるべき状況であれば、増減がないことが異常だと判断しないといけません。
自分の頭で考えるクセがない人は増減がないから問題なしで済ませてしまいます。
テンプレートを埋めることだけをしてきた人は、このようなイレギュラーな状況に対応することができません。
テンプレートは多くの企業で生じることが多いから作られたものです。
しかし、全ての状況を網羅しているわけではありません。
そのため、イレギュラーな状況はそもそも想定されていないのです。
テンプレートがない状況で育った人は、常に自分の頭で考えるクセがついています。
財務諸表だけでなく、会社とのミーティングで聞いた内容から推測された通りに財務諸表が作成されているかどうか。
与えられた全ての情報をもとに、財務諸表が正しいことを検証するために必要な手続きは何かと考え抜くことが必要です。
中小監査法人では、一年目からこの経験ができます。
できますというよりも、せざるを得ないです。
なぜならテンプレートがないので、自分で考えるしかないのです。
もしかしたら、少しプレッシャーに感じたかもしれません。
しかし、難しく考える必要はありませんし、最初からできる人はいません。
経験を積んで少しずつ成長していくしかないのです。
そして成長するには、中小監査法人がオススメです。
様々な科目を経験できる
大規模なクライアントの場合、若手スタッフは雑務がメインになり科目も限定的です。
また、縦割りのため自分の担当している科目以外はよくわからないということも起こります。
特定のクライアントの中で、特定の領域のみのスペシャリストになる傾向が強いです。
そのため、他のクライアントを担当したときに経験不足となります。
中小監査法人の場合、そこまで大規模なエンゲージメントはありません。
また、特定の科目のみを担当していればいいほど人材に余裕がありません。
そのため、1年目から多くの科目を担当することができます。
もちろん監査リスクに応じた配分になりますので、全て一人でやらないといけないわけではありません。
ただ、財務諸表は複式簿記ですから1つの勘定科目だけ精通してもしょうがありません。
1つの勘定科目がおかしければ、必ず相手勘定が存在します。
そのような視点を持つことができるかどうかは、複数の科目を担当し財務諸表全体を見るクセをつけておかないとなかなか身に付けることができません。
そのため、中小監査法人からキャリアをスタートさせ様々な科目を担当することは自分の強みになります。
様々な業種を経験できる
大手監査法人はセクター活動を積極的に行い各セクターのプロフェッショナルを育てています。
クライアントとしても、自身が所属するセクターのプロフェッショナルの方が安心して監査を任せられるという点が挙げられます。
そのため、大手監査法人に配属されれば1年目から特定のセクターを担当し、当該セクターのプロフェッショナルとしてキャリアをスタートさせます。
一方、中小監査法人にセクター活動はありません。
というよりできません。
セクターに分けるには、複数の部署が必要になりますから多くの人数が必要になります。
人員が限られている中小監査法人でセクター別に人員を配置するのは不可能です。
そのため、一人で複数のセクターを担当することになります。
では、ナレッジが弱いかと言われるとそうでもありません。
なぜなら、もはやクライアントも1つのセクターだけに特化して生き延びる方が難しくなっています。
ソフトバンクや楽天などは、なんの会社であると一言で伝えることが難しいほど規模を拡大しています。
業務の多角化は、大規模なエンゲージメントだけではありません。
中小企業であっても同様です。
変化の激しい現代を生き延びるには、常に変化が必要です。
1つのセクターにこだわり続けることが難しくなっています。
クライアントが複数のセクターに手を広げているため、会計士も複数のセクターに精通している必要があるでしょう。
そのためには、中小監査法人で多数のセクターを経験することは有用です。
小規模であれば、内部統制や会計処理はより厳密になります。
なぜなら、小規模エンゲージメントであれば監査上、許容されるエラーの金額も小さくなります。
そのため、監査人としても厳密な会計処理をクライアントに求めることになります。
厳密な処理を理解しておけば、大規模なエンゲージメントを担当しても応用することが可能です。
大規模になるほど、会計処理や内部統制を簡便的に実施する傾向にあります。
なぜなら、大規模エンゲージメントは監査上、許容されるエラーの金額も大きくなります。
そのため、監査人としてもある程度簡便的な処理は許容することが可能です。
簡便的で問題ないかどうかを判断するには、厳密な処理を知らないと判断できません。
つまり、中小監査法人で多数のセクターで、厳密な処理を経験しておくと、その後大手に転職しても経験が生きてきます。
大手だけでなく、コンサルや一般事業会社に転職しても当然に経験は生きてきます。
中小監査法人で、多数のセクターの基礎を経験しておくことはその後の転職にも有利になります。
様々な会社を経験できる
大手監査法人では、監査リスクの高いクライアントは契約を打ち切ります。
監査リスクが高いとは、赤字が続いており債務超過の会社や過去に不正を行ったことのある会社などです。
業績が悪化していると、倒産リスクが高まりますので、不正を働く誘引が働きやすくなります。
不正を見抜くことが監査人の仕事ではありませんが、見抜くべき不正を見抜けなかった場合には、監査人も訴訟されるリスクや、金融庁からの処分が下される可能性があります。
そのため、大手ではリスクを軽減するために危険なエンゲージメントは契約しないという判断をすることになります。
では、契約を打ち切られたエンゲージメントの監査を誰が担当するのか。
中小監査法人が契約を獲得することになります。
監査リスクが高いということは、それだけ検討することも多くなります。
受験勉強で出てきたような典型的なシチュエーションに出くわすこともあります。
私も、期末日に1年分の売上が計上される会社を見たことがあります。
また、唯一の契約先をロストし四半期の売上がゼロ円になるような会社もありました。
大手監査法人ですと、このような経験は得にくいでしょう。
なぜなら、このような局面にならないように事前にエンゲージメントとの契約を打ち切ります。
どちらがいいかはわかりません。
しかし、契約を切られた会社は存続していることは事実です。
存続しているということは、働いている人がいます。
また、上場していれば投資家もいます。
誰も監査しなければ、上場廃止になり、倒産する可能性もあります。
中小監査法人は、そのような会社に対してしっかり監査責任を果たす重要な役割を果たしているといえます。
たまに、大手なら監査意見を出せない状況でも中小監査法人は無理やり意見を出しているという意見もありますが、そんなことはありません。
上述したように大手は、意見を出さないのではなくそもそも危険な会社とは契約しないようにしています。
若手スタッフのうちに、監査リスクの高いエンゲージメントを経験すると大抵の場面で驚かなくなります。
また、仮に担当しているエンゲージメントの不正に気づけず訴訟が起きてもスタッフまで処分される可能性は非常に低いです。
監査報告書にサインしているパートナーが責任を持って処分されることになります。
若手スタッフは、パートナーがとってくれる守られた環境で貴重な経験を積むことができます。
大手監査法人で経験を積んで、パートナーになるために中小監査法人に転職する人もいますが、かなりリスクが高いと思います。
なぜなら、そもそも監査リスクの高いエンゲージメントをあまり経験しないまま、監査リスクの高いエンゲージメントの責任者になります。
つまり経験不足のまま、責任だけは重くなっています。
中小のパートナーになるなら、若手のうちから中小で多くの経験を積むことが重要です。
また、中小で多くの経験をすると大手監査法人に転職しても経験を生かすことができます。
メリットばからりを述べてきましたが、当然中小監査法人のデメリットもあります。
主なデメリットは下記3点です。
デメリット
- 監査リスクが高い(風評被害を受ける)
- 専門ナレッジは、大手の方が豊富
- オーナー企業のため、雰囲気が合わないと辛い
監査リスクが高い
上述したように、中小監査法人は監査リスクの高いエンゲージメントと契約を締結します。
そのため、多くの経験を積めるメリットが多いものの訴訟や金融庁からの処分リスクは大手監査法人に所属しているよりも高いです。
もちろんきちんと監査していれば、処分を受けることはありませんがリスクが高いのはきちんと認識しておく必要があるでしょう。
ただ、若手スタッフでいきなり処分を受けることはありませんので経験値稼ぎには向いていると思います。
最近は、大手監査法人が担当していた大会社で不正が発覚することも多く大手監査法人であっても、訴訟リスクが全くないわけではありません。
むしろ、名のしれた会社で不正が起きると報道も多くされるので大手の方が影響が大きいかもしれません。
ただ、知られていないだけで不正は起きており金融庁による処分も行われていることを認識しておきましょう。
また、大手監査法人出身の人は、中小監査法人はしっかり監査をしていないという印象を持っている人がいることも認識しておきましょう。
しかし、両方経験した私から言わせればどちらにも差はありません。
外野の声に惑わされず、自分の仕事に自信を持って業務に邁進すれば間違いなくいいキャリアを形成できます。
専門ナレッジは大手の方が豊富
大手は人員も豊富ですから、実際に監査を行う会計士以外にも会計や監査のナレッジを研究する会計士もいます。
セクター活動も豊富です。
特定のセクターや、新しい会計基準に対するナレッジの豊富さは大手が一番です。
中小にいると大手が公表しているHPや書籍を参考にすることが多いです。
外部の書籍は、一般向けに書かれたものですから明確な結論については避けていることが多いです。
内部にいると一歩踏み込んだ結論を確認することができますし、専門部署に直接問い合わせることが可能です。
中小にそのような専門部署はありません。
自分たちで考えて結論を出すしかありません。
専門部署があった方が安心という人には、大手の方が向いているでしょう。
オーナー企業のため雰囲気が合わないと辛い
中小監査法人は、多くても100名程度の従業員で構成されていると思います。
歴史も浅く代表社員が、創業者であり典型的なオーナー企業の組織になっています。
代表社員は、全従業員の顔と名前が一致していることが多いです。
そのため、オーナーが作り出す組織の雰囲気に馴染めない場合、職場にいくことが嫌になる可能性はあります。
職場の雰囲気に馴染めないと仕事も楽しくなくなりますから、職場選びで重要な要素の1つです。
中小企業の場合、採用面接は代表社員が行う可能性が多いです。
そこで、雰囲気を確認しておくことが重要です。
また、面接前に職場を確認してどのような雰囲気で仕事しているのかも確認しましょう。
怒声が飛び交っているような職場であれば、見送った方がいいでしょう。
また、実際に働いている人に生の声を聞くのが一番手っ取り早く確実です。
中小監査法人も大手予備校の就職説明会などに参加していますから、可能な限り情報を収集するといいと思います。
反対に雰囲気の合う職場であれば、非常に居心地のいい職場になるといえます。
代表社員が作り出す雰囲気と同じような人が集まっている職場ですから、大抵のチームでストレスなく仕事することができます。
大手の場合、1つのチームが良くても他のチームは良くないというような現象がよくあります。
人のたくさんいる職場ですので、合う合わないは防ぎようがありません。
人も流動的なので、深い繋がりもありません。
中小ですと、代表社員以下がしっかりと深い関係を醸成するので深い関係を構築することが可能です。
どちらがいいかは好みによるでしょう。
まとめ
中小監査法人でキャリアをスタートさせることのメリットとデメリットをまとめました。
メリットとデメリットは表裏一体です。
合う合わないは個人の価値観だと思います。
多くの人が大手に行くから大手に行くという結論を下す前に、しっかりと大手と中小に違いを認識した上でキャリアをどこでスタートさせるかを決めていただきたいです。
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